弱肉強食の自然の掟が支配する地球。動物たちが生存をかけて互いに競い合い、また人間社会でも武力戦争や経済戦争が絶えず起こっています。こうした過酷な現実は、実は神が創造した試練の一環なのかもしれません。私たちに課された使命は、この過酷な世界を生き抜き、成長することにあります。霞を食べて生きていくことができる仙人もいると言われておりますが、ほぼ不可能。人生において、お金や衣食住のような「現世利益」は必要不可欠かと思います。生き延び、生活を維持するためには、現実的な願いを叶えるための行動と努力が必要です。
そして、この現実的な努力こそが、スピリチュアル的な法則にかなっており、神の定めでもあるのです。神は人間に「願い」を持つことを許し、しかしその願いを叶えるためには相応の努力を求めます。努力のない願いはただの幻想に過ぎず、それが実現することはありません。しかし、たとえ特別な願いを抱いていなくても、日々の行動と努力が、無意識のうちに神に伝わり、いずれ形となることがあります。
現実の中でどのように努力し、成長していくかが、私たちの魂の課題です。夢や願いをもって努力し続ける姿こそが、神に認められ、次なるステップへの道を示されることでしょう。
ちなみにですが、スピリチュアルな見解では、低級霊は人間の欲望や短期的な利益に応じて一部の「願い」を叶えることができるとされています。ただし、これらの霊に願いを頼ることはリスクが伴うと考えられています。低級霊の助けを借りると一見良い結果が得られることがある一方で、後に望まない影響を受けることがあるとも言われています。
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