自分の性格が悪い、性格が良くならないというスピリチュアルな悩みを抱えておられる方も多いのではないでしょうか。そのような悩みについてです。
A子です。私は、自分の性格が好きになれません。これまでずっと、自分を変えようと努力してきましたが、最近では、その努力にも限界があると痛感しています。小さなことに過剰に反応してしまったり、他人の些細な言葉に心が揺さぶられてしまうことが多く、そんな自分がとても嫌になることがあります。自分に余裕があるときは、他の人のことを考えたり、周囲に気を配ることもできるのかもしれません。そういうときは、少しだけ自分のことを好きになれる瞬間もあります。しかし、問題は、そうした余裕が常にあるわけではないということです。むしろ、私の場合は、余裕を持っていられる時間が限られているように感じます。ストレスが溜まっていたり、忙しいときには、他人に対して冷たくなってしまったり、思いやりを持つことができなくなる自分に気づきます。自分のことで手一杯になってしまい、周りを気遣う余裕が全くなくなるのです。
そのとき、自分が能力的に劣っているという思いが強くなるのを感じます。他の人は同じような状況でも冷静に対応し、他人を気遣うことができているのに、自分はそれができない。「自分はなぜこんなにも不器用なのだろうか」と自分を責めてしまい、さらに自己嫌悪に陥ってしまいます。
以前はそんな自分を変えたいと強く思い、自己改善に励んできました。自己啓発の本を読んだり、日々の行動を見直したり、少しずつ前向きになれるよう努力しました。しかし、どれだけ頑張っても、完全に性格を変えることができるわけではないことに気づきました。ある程度の改善はできたかもしれませんが、根本的な部分はなかなか変わらず、結局同じパターンを繰り返してしまいます。
また、人を気遣える状況ではない時に、私はさらに孤独感を感じます。自分が他人に対して冷たくなってしまうことで、相手も私から離れていくのではないかという恐怖があります。本当はもっと優しく接したいし、相手の気持ちを理解したいと思っているのに、それができない自分が嫌でたまらないのです。そして、そのたびに「もう少し自分にゆとりがあれば、もっと良い人間でいられるのに」と思い悩みます。
しかし、現実はそう簡単ではなく、いつも自分に余裕があるわけではありません。そうした自分の限界に直面するたびに、どこかで「もうこれ以上は無理だ」と諦めてしまう気持ちが湧いてくるのです。そして、結局また同じ場所に戻ってしまい、自己嫌悪のループに陥ってしまいます。
このような状況の中で、どうすれば自分をもっと受け入れ、許してあげられるのか、まだ答えを見つけられずにいます。性格を変えることができないのであれば、せめてその性格を受け入れて生きていく方法を見つけたいと思っていますが、それも簡単なことではありません。自分に厳しくなりすぎず、時には弱さを認めることが大切だと頭ではわかっているのに、どうしても自分を許すことができないのです。
さて、そもそも人間というのは様々な性格があるかと思います。さらに、性格がどう考えても悪いような人間であっても、自分の性格がめちゃくちゃ良いと思っているような人間も中にはいらっしゃいます。そのように考えると、このようなお悩みを持たれている方はよほど自分と向き合う努力をされていて、立派だと見受けられます。ひとつの考えとしまして、性格というのは良くするというより、経験を積んで考え方が変化し、行動が良くなるということは多々あります。また、瞑想などのスピリチュアルな実践を通して性格が柔らかくなったり、イライラしなくなったり、自分を信じることができるようになるというような体験が報告されることがあります。スピリチュアルヒーリングにより負の感情を祓い清めることにより、ネガティブな感情がポジティブになる可能性もあります。とにかく、自分を必要以上に責め立てても暗くなってしまうように思います。明るく前向きに生きていくような流れを作っていきたいですね。
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