幼い頃、誰もが善悪や他人の評価にとらわれることなく、物事を「好きか嫌いか」というシンプルな感情で判断していたことでしょう。笑ったり泣いたりする純粋な感情の世界は、幼児期の特権ともいえるかもしれません。しかし、成長して責任ある社会人となると、好き嫌いだけではなく、理性に基づいた判断が必要になります。善悪や利害、物事の道理を考えて行動することが求められるのです。
とはいえ、私たちの中には今でも生まれ持った「好き嫌い」の感情が根強く残っています。例えば、誰もが苦手な食べ物や飲み物があり、また「医者ぎらい」だという人も少なくありません。しかし、たとえ医者が嫌いであっても、健康を損ねたり、生命にかかわるケガを負った時には、自らの身体を守るために医者に頼らざるを得ません。
交友関係・人間関係について考えますと、友人や知人をすべて「好きか嫌いか」だけで選び、相手の性格や価値観に共感できない場合、どんなに有用な助言や支援をしてくれる人であっても距離を置いてしまいます。その結果、自分にとって耳障りの良い意見しか聞かなくなり、困難な局面で適切なアドバイスを受ける機会を失っています。最終的には、人間関係が狭まり、孤立感を深める結果となってしまいます。
このように、好き嫌いで判断してよいこともあれば、そうでないこともあります。医者ぎらいの例のように、理性で物事を判断しなければならない状況があるわけです。ここで大事なのは、感情と理性を使い分けること。すべてを好き嫌いで判断することは、幼稚な行動であるばかりか、時には危険な結果を招くことさえあるでしょう。
日常生活の中で、感情と理性のバランスをどう取るかが、成熟した人間関係や豊かな人生を築く上での重要な要素となります。
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